多摩川新聞の歩み
1962年(昭和37年)
  杉山郁治氏により「激動の社会のなかで知性ある新聞づくりを目指す」
  をモットーに「高津新聞」が創刊される。約3000部。
1975年(昭和50年)
  杉山氏高齢のため、やむなく休刊。
1978年(昭和53年)
  山田裕男(現社長)が引き継ぎ復刊、1万部発行。
  溝口1207番地に事務所を置く。
1979年(昭和54年)
  読売新聞社に認められ、読売新聞の姉妹紙として
  川崎読売会のネットワークにのって各家庭に配布される。37000部。
1980年(昭和55年)
  溝口173番地に事務所を移転。
1981年(昭和56年)
  発刊部数50000部へ。
1982年(昭和57年)
  この年から毎月2回(1,15日)発行となる。
  川崎市役所第2記者クラブに加盟。
  分区により「宮前区」の誕生にともない、毎月3回(5,15,25日)発行となる。
  5日号は高津区版、15日は宮前区版、25日は総合版。53000部
1983年(昭和58)
  活字を使わない方式を採用。市内ローカル紙では初めて。
1984年(昭和59年)
  第300号記念特集号を発行。
  「高津新聞社」から「(株)多摩川新聞社」に改名。
1988年(昭和63年)
  リクルートスキャンダルで数々のスクープ記事を発表。
  大手新聞に負けない報道として注目される。
1989年(平成元年)
  第500号記念特集。
1992年(平成4年)
  創刊30周年記念式典を開催。
  この年を「出版元年」と位置づけ、「南武線物語」など4冊の本を立て続けに出版。
  「行政が巨費を投じて造るホールや公民館は、あくまで器。文化を育てるのは人なのだ。」と
  神奈川新聞の論説で取り上げられる。
1994年(平成6年)
  溝口122番地に移転。
2001年(平成13年)
  創刊40周年記念式典を開催。
  記念冊子「多摩川新聞40年のあゆみ」を刊行。
  高度成長期から現在に至る40年の軌跡(川崎の昭和史)を年表でつづる。
2002年(平成14年)
  坂戸1-6番地(現在地)に移転。
2003年(平成15年)
  時代性に配慮しドメインを取得、ホームページによる情報提供を本格化。
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