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川崎国際友好大使特集
川崎国際友好大使 アレキサンドリアを訪ねて
川崎エジプト 親善協会訪問団 団長 斎藤文夫
本年2月20日から27日まで、川崎国際友好大使の認定をうけ、阿部市長の親書を携えて川崎・エジプト親善協会訪問団一行31名がエジプトを訪問し、アレキサンドリア知事、カイロ知事、観光大臣、日本大使などを訪問した。
先ずカイロから北220qにある250万都市アレキサンドリア市庁舎を訪問、美しい街造りに努力するモハメッド・アブデル・サラーム・エルマハグーブ知事と会談。阿部市長の親書や記念品などを贈った。
アレキサンドリア市は、地中海の真珠と言われ、整備された30qの海岸通りに、英国風の重厚な建物が軒を連ねた南仏を思わす美しい街。ギリシャのアレキサンダー大王にちなんで名付けられた街で、クレオパトラ女王の宮殿や墓(海中に沈んでいる)があると言われており、シーザーやアントニウスとの歴史的ロマンの街でもある。
知事は、「川崎市との友好関係に期待し、今後の交流や桜を受け入れたい」と挨拶。さらに最近の観光として、地震で沈んだ海中都市は出来るだけ現状保存し、ダイビング・ツアーをやりたいとも語った。
私は、「川崎市の現況、川崎港の紹介、県や市の観光状況を説明。川崎市として環境公害への技術指導協力は惜しまない。桜は来年金澤義春氏が500本贈呈する」と話した。また天然ガスのパイプがシリア・ヨルダンに行っており、2〜3年後はトルコ・東欧に供給開始すると聞き、川崎港との関係に思いを重ねた。
市内にはギリシャ・ローマ時代の遺跡もあり、旧市内は道が狭く、自動車が溢れている。信号機はどの都市にもほとんどないので、横断する人は命がけだ。
かつての王宮の庭園内に造られた美しいヘルナン・パレスチンホテルに泊まったが、エメラルドグリーンの海と小さな灯台、澄んだスカイブルーの空は絵を見ているようだ。 |

槙田日本大使を訪問した一行 |

エジプト・アレキサンドリア市の目ぬき通り |
翌日パトカーの先導で、市内の1〜3世紀の地下墓地カタペンコ、海底より発見されたクレオパトラ像などがあるナショナル・ミュージアム、世界七不思議の一つ130bの大灯台跡に作られたフォート・カイト・ベイ要塞を訪ねた。またユネスコの支援で作られた近代図書館は、2、300年前世界に学問・知識の中心をなした大図書館跡に建てられている。
砂漠ハイウェイを3時間、首都カイロに戻る。ギザの三大ピラミッドが車窓正面に浮かんできた。これでエジプトへ来た気がしてきた。
カイロの代表的なマリオット・ホテルに入り、夜は観光庁サイエッド・アブデル・ガワット長官による招宴がシェラトン・ホテルで開かれ、国営テレビのインタビューを受けた。 |
ナイル河のゲジラ島に建つマリオット・ホテルは、旧王宮を中心に作られたホテルで、庭園が美しい。
3月23日、先ず槇田邦彦日本大使を表敬訪問。 次いでカイロ市庁舎にアブデル・アジーム・エルワゼール知事を訪ね、阿部市長の親書や記念品をお渡しした。
知事は、「カイロは東京と友好都市を結んでおり、先日、山本寛斎氏がショー公演のために来られた。今日はきもの姿の美しいご婦人たちが来訪され大変嬉しい。今後のエジプト・日本の一層の交流発展を期待している。サクラもたくさん植えていただいて感謝しています。日本から多くの観光客の来訪を歓迎します」との挨拶があり、私から「川崎の現状や、エジプト5000年の歴史と人類の知識が、貴国から始まったことに敬意を表すると共に、ピラミッドやツタンカーメン、クレオパトラなど、日本では広く知られている。距離こそ遠いが、心の近い両国でありたい」と申し述べた。

カイロ大学の美しい女学生たち |
その足で今回のハイライト、カイロ大学を訪問した。学生20万人、文学部2万人、日本語学科160人。入学試験はなく高校の成績で決まり、国立のため学費は無料。学内は男女学生でごったがえしていた。女子学生は必ず頭に薄いカラフルなショールを巻いているのが印象で、目のぱっちりしたふくよかな美人が多かった。
日本語学科の学生は、日本企業や観光ガイドの就職を目指して勉強しているという。
私たちは、大師若宮八幡宮の子息中村博行氏が紋付姿で祝詞(のりと)を奏上、お祓(はら)いをして、1500年の歴史ある日本神道を紹介したが、全員神妙に頭を下げてお祓いを受けていた。 |
私の浮世絵スライドによる川崎・神奈川の紹介、次いでみやうち着物学院長尾崎弘子氏から着物文化の説明、佐藤和子氏による着付舞、そして圧巻だったのは、着物20着(帯付)を学生たちに寄贈し、試着した学生たちは大はしゃぎで喜んだことだ。
また、向い側の階段教室では、裏千家淡交会川崎支部の長谷川宗江氏指導によるお茶の接待、干菓子は千葉宗恵氏の手づくりで日本から持参。「和敬静寂」を一同で唱和し、阿部市長が書いた「清心」の白扇や、造花の椿を竹筒に入れ演壇に飾り、先代お家元から指導を受けたという、カイロ在住のマホメド氏提供の茶道具が並び、岩本孝子氏がお点前を披露。川崎美術協会の宮下優子氏、手話サークル「かけはし」の皆さんによる、裏方の点てたお茶を40〜50人の学生たちにトライしてもらった。 |

ガラーナー観光大臣と訪問団の一行 |
異国の文化に直接触れることは、その国への理解を深める。理屈ぬきに日本人とエジプト人の心の交流が高まるのを目の当たりにして、外国をたびたび訪問した私だが、今日のように異国人が共通の場に立って、心を通じ合えたことがあったろうか。驚きに近い強い感動を覚え、今回の訪問目的が立派にはたされたことを大変嬉しく思った。
ハードな視察日程のため内心心配したが、一行が元気なのに安心した。次のカイロ国立博物館では、5000年の歴史を物語る数々の展示品に圧倒されながら、2階のツタンカーメンの黄金のマスクや柩、来世の日常生活品の数々に目を奪われ、時の経つのを忘れた。
ゾヘール・ガラーナー観光大臣との接見は、郊外の国際会議場で行われた。「アレキサンドリア市との友好関係の促進に期待すると共に、ルクソール・テロ事件以来、大きく落ち込んだ国際観光客の10万人目標に努力しており、そのために観光客の安全対策を最優先に考えている。ぜひ日本からさらなる観光客の来訪を期待している」と述べられた。なるほど私たちのバスには、旅行中ずっと観光警察官が同乗してくれたが、旅行者には安心感を与えてくれる。
私は、観光協会長の立場で、川崎、神奈川の現状、特に小泉総理の「ようこそジャパン」政策を説明、両国の交流を深め、遠くて近い国になるよう努力すると述べた。
また、排ガス公害対策を尋ねると、カイロ市内の官公庁を郊外に移転し、市内の交通緩和をはかるよう、環境省と真剣に努力していると語った。
さらに、石油資源事情に触れると、世界6番目の埋蔵量がある天然ガス田が開発され、シリア・ヨルダン・トルコ・東欧へ送るという。大部分を中近東に依存する日本のエネルギー事情からすれば、親日的なエジプトで紅海に輸出用パイプラインを作れば、日本に搬入可能になると思った。
この夜は、訪問団主催のナイル河クルーズを催し、日本大使館や観光庁関係者、ミスル国営旅行社を招待して労を謝した。船や私たちの卓上には日本・エジプト両国旗が飾られ、ベリーダンスにきもの姿で飛び入りし、楽しい思い出の一夜となった。
3500年前の古都ルクソールやピラミッドに遊ぶ
翌2月24日午前4時30分ホテルを出発し、飛行機で約50分、ナイルの中流ルクソールに向かった。
ルクソール(古都テーベ)には、王家の谷、ツタンカーメンの墳墓、ハトジェプスルソ女王奉斎殿がナイルの西側、太陽の沈む所に作られており、東側にはルクソール新田やカルナック神殿が、4000年〜3000年前の栄華を物語っている。先ず王家の谷へ向かい、今世紀最大の発見といわれるツタンカーメン墓やラムセス6世墓などで、棺や壁画から復活を信じた当時の王侯を偲ぶ。

ハトジェプスルソ女王奉祭殿の回廊にて |
夜ライトアップされて浮き上がった、カルナック神殿の大円柱の陰影は幽玄な雰囲気を醸し、ふと4000年前にタイムスリップしたような気になる。
「エジプトを旅する人よ、貴方は世界を旅する必要はない。貴方は人類の始まりにいるのだから」で始まる「音と光のショー」は幻想的で圧巻だった。ライトの消えた神殿の空には、星が美しく輝いていた。
ナイル湖畔の近代的はフランス系ル・メリディアン・ルクソールホテルで目が覚めた。対岸の王家の谷の丘は旭日に輝き、熱気球が上がっている。帆掛舟が時を忘れたかのようにナイルを上り下りしている。
内陸のルクソールは、30度を越す夏陽気である。午前中カルナック神殿とルクソール神殿を見て、往時のエジプトの偉大さに驚き、大きなスカラベ(甲虫)の周りを7周半して、世界平和と一行の安全を祈った。
ホテルの日本レストランで昼食をとり、午後は全員で15台の馬車を連ねて、狭い市場通り(商店街)を通り抜けた。パン・野菜・果物・香辛料・靴・衣料など日常品が所狭しと道端に並んでいる。「ヤパーン(日本)」の掛け声もかかった。疲れを忘れた一時である。
カイロが砂嵐のため飛行機が遅れ、ルクソールから深夜再びカイロのマリオットホテルに戻った。 |
最終日(2月26日)はエジプトのシンボル、ギザ地区の三大ピラミッドを見る。4500年前に造られた137bの高さを誇る一番巨大なクフ王のピラミッドの内部に入った。小さな岩穴を這いずるように、玄室めざして300段の坂道を夢中で登ったが、これにはいささか参った。
昨日来の砂嵐のため、空全体がもやがかかった状態で、太陽がかすんで月のように見える。クフ王の子カフラー王のピラミッドの横を通り、ラクダ乗り場では「月の砂漠」を合唱しながら、みんなでラクダの背に揺られ、一生の思い出が出来たと喜んだ。
次いで静にたたずむ大スフインクスを間近に眺めたが、この巨大な建造物群が、4500年前の昔にどうして出来たのか、その高度な技術につくづく感心した。
ナポレオンも来たという城壁に囲まれた、カイロ市内最大の寺院、ムハンマド・アリ・モスクをお参りし、マリオットホテルのレストラン「トリイ」で日本料理の豪華な昼食を楽しみ、午後はハーン・ハリーリ市場で買い物を楽しんだ。狭い道に貴金属・ガラス細工・木工品・人形・石細工・衣料品・食料品店が並び、土産を調達するには便利だった。皆さんも買い物上手でディスカウントが大分上達し、両手は土産品でいっぱいだった。 |

ピラミッドの近く ラクダをバックに |
砂嵐のためカイロ出発が心配されたが、定刻より少し遅れて帰国の途に着いた。帰路は偏西風にのって11時間45分、さしたる揺れもなく2月27日午後成田へ到着した。一行31名事故なく帰国できたことに「シュクラン、シュクラン(有難う)」を連発して解散した。
翌28日、阿部市長に正副団長揃って帰国方向をした。(おわり)
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